子どもが寝ない原因は「就寝先延ばし」かもしれない
研究が示す夜ふかしの正体と家庭でできる対策
子どもが夜ふかしする本当の理由とは
「だらしない」で片づけていませんか?
毎晩のように「早く寝なさい」と声をかけても、なかなかベッドに向かわない子ども。翌朝は起きられず、朝食もそこそこに慌てて家を出ていく。そんな光景に頭を悩ませている親御さんは少なくないでしょう。
「うちの子はだらしないから」「スマホばかり見ているから」と、つい子どもの性格や生活態度のせいだと考えてしまいがちです。何度注意しても改善されないと、イライラが募ることもあるかもしれません。しかし近年の心理学研究では、夜ふかしの背景には「だらしなさ」とは別の、もっと根深い原因があることが明らかになってきました。
その鍵を握るのが「就寝先延ばし(Bedtime Procrastination)」と呼ばれる現象です。これは単なる夜ふかしとは異なり、「寝なければいけないと分かっているのに、特別な理由もなく寝る時間を後回しにしてしまう」という行動のクセを指します。この記事では、就寝先延ばしの研究を手がかりに、お子さんの夜ふかしの原因と親ができる具体的な対策について考えていきます。
オランダの大学が提唱した「就寝先延ばし」という考え方
2014年、オランダのユトレヒト大学の研究チームが「就寝先延ばし」という考え方を初めて学術的に提唱しました(Kroese et al., 2014)。研究チームはこの現象を「外からの制約がないにもかかわらず、自分が決めた時刻に寝ようとしないこと」と定義しています。
ここで重要なのは「外からの制約がない」という部分です。仕事や育児が忙しくて物理的に寝られないのとは根本的に違います。時間も環境も整っているのに、なぜか寝ようとしない。この「なぜか」の部分を科学的に解明しようとしたのが、この研究の画期的なところです。
研究チームは一般成人177名を対象にオンライン調査を行い、就寝先延ばしの傾向と睡眠不足の関係を初めて科学的に検証しました。対象者は学生ではなく、さまざまな職業や年齢の社会人であり、私たち親世代にも当てはまる調査結果です。
多くの人が「自覚なく」就寝先延ばしを経験している
この研究の調査結果には驚くべきものがありました。参加者の約30%が平日の睡眠時間を6時間以下と回答し、さらに約84%が週に1日以上「睡眠不足を感じる」または「日中に疲労を感じる」と答えていたのです。
就寝先延ばしの傾向を測る質問(5点満点)では平均2.8点という結果が出ており、大多数の人がこの現象を日常的に経験していることが数字で裏づけられました。注目すべきは、多くの人がこうした行動を「ちょっとした夜ふかし」と軽く捉えていて、それが慢性的な睡眠不足や日中の体調不良の直接的な原因になっていることに気づいていないという点です。「昨日もつい夜更かしちゃった」という何気ない一言の裏に、就寝先延ばしという根本的な問題が隠れていることがあるのです。
なぜ「分かっているのに寝られない」のか
夜は「自分をコントロールする力」が最も弱まる時間帯
就寝先延ばしが起こる最大の理由は、自分をコントロールする力の低下にあります。ユトレヒト大学の研究では、自分をコントロールする力が弱い人ほど就寝先延ばしの傾向が強く、その関連性は統計的にもはっきりと確認されています。つまり、「つい夜ふかししてしまう」という行動は、性格ではなく「自分を律する力」の問題だということです。
ここで特に注目したいのは、就寝の判断は必ず1日の終わりに行われるという点です。人が自分を律する力は、朝が最も高く、夜に向かって徐々にすり減っていくと考えられています。学校や仕事で判断を繰り返し、家事や人間関係にも気を使い、ようやく自分の時間が訪れる夜には、「ここで寝よう」と踏ん切りをつける余力がほとんど残っていません。「寝なきゃ」と頭では分かっていても、体がソファから動かない。それは怠けではなく、1日を通じて力を使い果たした結果なのです。
これは勉強や仕事の先延ばしとは大きく異なる特徴です。宿題なら朝早起きして取り組むこともできますが、就寝だけは夜にしかできません。だからこそ、気合いや根性だけで夜ふかしを解決しようとするのは、そもそも無理があるのです。
スマホやSNSが「寝かせてくれない」現代社会
研究チームは論文の中で、現代ならではの問題にも触れています。電子機器の普及や24時間いつでも楽しめるコンテンツの存在が、就寝先延ばしをより深刻にしていると指摘しているのです。
子どもにとって、スマートフォンやタブレットは特に強力な誘惑です。SNSの通知、動画の自動再生、友達とのチャット。次々と新しいコンテンツが流れてくる仕組みは、大人でさえ「あと5分だけ」が「あと30分」に、そして気づけば深夜になっていた、という経験をさせるものです。大人よりもまだ自分を律する力が育ちきっていない子どもにとって、デジタルデバイスの前で就寝時刻を守ることがいかに難しいか、想像に難くありません。
研究チームはまた、就寝先延ばしの興味深い特徴として「寝ること自体が嫌なのではなく、今やっている活動をやめたくないのだ」と述べています。つまり子どもたちは睡眠を拒否しているのではなく、目の前の楽しいことを手放すのが難しいだけなのです。この違いを知っておくことは、親が子どもに適切に声をかけるための大切なヒントになります。
夜ふかしが子どもの心と体に与える影響
集中力・記憶力の低下と学業への影響
睡眠不足が子どもに与える影響は、翌朝の眠気だけにとどまりません。研究で引用されている他の研究によれば、睡眠の不足は集中力や記憶力の低下と関連することが指摘されています。
テスト前に「もっと勉強しなきゃ」と夜遅くまで机に向かう子どもは少なくないでしょう。しかし皮肉なことに、睡眠を削って得た勉強時間は、翌日の集中力低下によって帳消しになってしまう可能性があります。十分に眠った上で効率よく学習することこそが、成績アップの近道であると言えます。
ユトレヒト大学の研究でも、就寝先延ばしの傾向が強い人ほど日中の疲労感が高いという結果が出ています。子どもの場合、この慢性的な疲れは授業中の居眠り、宿題への意欲低下、さらには学校生活全体への無気力さとして表れることがあります。親御さんが「最近やる気がないな」と感じるお子さんの変化の背景に、夜ふかしによる睡眠不足が隠れているかもしれません。
肥満や将来の病気につながるリスク
睡眠不足の影響は気持ちの面にとどまらず、体の健康にも深く関わっています。研究論文では、慢性的な睡眠不足が肥満、高血圧、心臓や血管の病気といった深刻な健康上の問題と関連していることが、他の研究結果として紹介されています。
子ども時代の睡眠習慣は、大人になってからの健康を左右する土台でもあります。夜ふかしの習慣が定着すると、朝食を抜きがちになる、間食が増える、日中の活動量が落ちるといった生活全体の乱れにつながりやすくなります。その結果、将来的に生活習慣病にかかるリスクが高まる可能性も考えられます。
日本はOECD諸国の中でも平均睡眠時間が特に短い国の一つとして知られています。社会全体として睡眠を軽視しがちな風土がある中で、子どものうちから「しっかり眠ることは健康の基本である」という意識を家庭で育てていくことが、これまで以上に大切になっています。
「朝起きられない」悪循環が始まるしくみ
就寝先延ばしによる夜ふかしは、翌朝の寝起きの悪さに直結します。朝起きられないと登校前の時間が慌ただしくなり、親子ともにストレスを感じます。すると日中の疲れが増し、帰宅後にだらだらと過ごす時間が長くなり、再び就寝時刻が遅くなるという悪循環に陥ってしまいます。
ユトレヒト大学の研究では、就寝先延ばしの傾向が強い人ほど、睡眠時間が短く、日中の疲れが強く、「睡眠が足りていない」と感じやすいことが示されました。特に注目すべきは、年齢や性別、職業、自分を律する力の強さといった他の要素を差し引いても、就寝先延ばしが睡眠不足を最も強く予測する要因だったという点です。
つまり、お子さんが朝なかなか起きられないのは「怠けている」からでも「気合いが足りない」からでもなく、就寝先延ばしという行動のクセが引き起こしている可能性があるのです。この視点を持つだけで、親子の会話の質が変わります。責めるのではなく、一緒に原因を探る姿勢が、問題解決の第一歩になります。
意志力に頼らない、親子でできる夜ふかし対策
「仕組み」で自然と寝る時間をつくる
ここまで見てきたように、夜は1日の中で最も自分を律する力が弱まるタイミングです。研究チームも論文の中で、「意志力に頼らない方法」こそが就寝先延ばしに最も効果的だと提言しています。
では具体的にどうすればよいのでしょうか。たとえば、就寝の30分前にスマートフォンやタブレットをリビングなど別の部屋に置くルールをつくること。就寝時刻にアラームを設定して「寝る準備を始める合図」として活用すること。リビングの照明を段階的に暗くして、体に「そろそろ休む時間だよ」と自然に伝えること。こうした環境の工夫は、頑張らなくても行動を変えてくれる「仕組み」として機能します。
大切なのは、こうしたルールを「子どもへの罰」ではなく「家族全員の習慣」として位置づけることです。親自身がスマホを手放さずに子どもにだけ「寝なさい」と言っても、説得力はありません。家族みんなで取り組む姿勢が、子どもの納得感と続ける力を生み出します。
「いつ・何をするか」を事前に決めておく力
研究論文では、心理学で「実行意図」と呼ばれる考え方が、就寝先延ばしの対策として特に有望だと述べられています。これは難しい話ではなく、要するに「もし〇〇になったら、△△をする」と事前に具体的なルールを決めておくだけの方法です。
たとえば、「夜9時半になったら、テレビを消して歯磨きをする」「お風呂から上がったら、スマホには触らずベッドに直行する」といった形で、行動の「きっかけ」と「やること」をセットにして決めておきます。この方法のすぐれた点は、その場で「寝ようかどうしようか」と迷わなくて済むことです。判断を先に済ませてあるので、夜の疲れた状態でもスムーズに動けます。
お子さんと一緒に「夜のルーティン表」をつくって、冷蔵庫や壁に貼っておくのも効果的です。子ども自身が考えて決めたルールであれば、押しつけられた感覚がなく、自分から取り組みやすくなります。
「眠れない」と「寝に行かない」を見分ける
最後に、親として持っておきたい最も大切な視点をお伝えします。それは、お子さんの夜ふかしが「眠れない」のか、それとも「寝に行かない」のかを見極めることです。この二つは似ているようで、原因も対処法もまったく異なります。
ユトレヒト大学の研究が対象とした就寝先延ばしは、不眠症などの睡眠の病気とは明確に区別されています。実際に研究でも、睡眠の病気で治療を受けたことがある人は分析の対象から外されました。布団に入っても長時間寝つけない、夜中に何度も目が覚めるといった場合は、専門家への相談が必要かもしれません。しかし、そもそも布団に入ろうとしないのであれば、それは行動のクセの問題であり、日常の工夫で改善できる可能性が高いのです。
お子さんの様子をよく観察して、「寝たくないの?」ではなく「寝る準備を始めるのが難しいの?」と聞いてみてください。問いかけの仕方を少し変えるだけで、子どもが抱えている本当の困りごとが見えてくることがあります。
夜ふかしは「性格の問題」ではない
子どもの夜ふかしは、多くの親にとって毎日繰り返される悩みの種です。しかし、ユトレヒト大学の研究が明らかにしたように、就寝先延ばしは「だらしなさ」や「性格の問題」ではありません。人間が持つ自分を律する力の仕組みに根ざした、誰にでも起こりうる行動のクセです。
夜は誰にとっても踏ん切りがつきにくい時間帯です。そこに現代のスマホやSNSといった強力な誘惑が加わることで、大人も子どもも「分かっているのに寝られない」状態に陥りやすくなっています。
大切なのは、子どもを叱ることではなく、一緒に「寝やすい仕組み」をつくることです。就寝前のルーティンを決める。デジタルデバイスを寝室から遠ざける。家族全員が同じルールを守る。こうした小さな工夫の積み重ねこそが、子どもの眠りの質を守り、朝の慌ただしさやストレスを減らすことにつながっていきます。
今夜から、「早く寝なさい」の一言を「一緒に寝る準備をしよう」に変えてみませんか。その小さな変化が、親子の夜を穏やかなものに変える第一歩になるかもしれません。